映画 サンタフェ

物語は、南軍として戦ったキャンフィールド4兄弟が、戦後の社会になじめず西部を目指すところから始まります。長男のブリット(ランドルフ・スコット)は、サンタフェ鉄道建設に従事しますが、その責任者が元北軍のバクスター(ワーナー・アンダーソン)なので、テリー、トム、クリントの弟たちは南軍魂消えずということで、兄と別れます。鉄道会社の経理担当としてジュディス(ジャニス・カーター)がいて、ブリットが彼女の夫を殺した戦いの相手と分かり、対立しますが、という展開です。

今回は「馬上の男」に比べて、登場人物が紋切り型で、だから顔を覚えないから誰が誰かよく分からない、という欠点があります。ストーリーは分かりやすいけど、鉄道会社同士が銃撃戦まで展開しているのに(人を撃つなとは言ってるけど)男らしくあっさり引き下がるというのはどうなんでしょ。僕には肩透かしでした。だったら鉄道建設最前線のポイントに行って、そこでフィドル演奏合戦みたいな余計なエピソードを入れるなよです。僕には、テネシー・アーニー・フォードが歌うというイベントのような楽しさが感じられないです。 看護師 年収 非公開高額求人3社

映画「 ORGASM Inc!」

ドキュメンタリーですから物語というわけではありません。

アメリカ女性の43%はFSDFemale Sexual Dysfunctionという病気にかかっているとテレビのニュース番組が報道し製薬会社がその薬を発売しようとして販売促進のためにエロビデオを作る依頼をこのドキュメンタリー作者リズ・キャナーにしたというところから始まります。

キャナーはその製薬会社のドキュメンタリーを作るという許可をもらって撮影を始めます。

するとFSDそのものが疑わしいし、新薬開発のシステムも疑わしいと気づくわけです。

そもそもアメリカ女性の43%が女性として性機能不全という病気にかかっているなんていう認識が間違っています。

それをなぜテレビが放送したのかという部分と、製薬会社の営業戦略と、新薬開発に対する連邦政府の公聴会、その3つがこの映画の中心パートです。

オーガズムが得られないと性機能が不全だと主張する“戦略”に、まんまと乗せられた人がいたということです。

「ザ・レッジ -12時の死刑台-」

物語は、知り合いに精子を提供しようとしたら医師から、“先天的に子供を作る能力がない”と言われた刑事ホリス(テレンス・ハワード)が、じゃ自分の子は誰の子なんだと愕然としたまま、飛び降り自殺を図ろうとした男の説得という本来の仕事に向かうというものです。

ビルの屋上に立ったギャビン(チャーリー・ハナム)は、隣人の妻シェイナ(リヴ・タイラー)に惚れて、その命を助けるために自殺を企てたらしい。正午には飛び降りるというギャビンから、ホリスが話を聞きだす形の回想劇として進みます。

回想劇というのは、映画の流れが止まってしまうという欠点があります。「市民ケーン」のように、回想シーンをつなぐことで生前のケーンの人間像を複数の視点から構築するという方法ならともかく、人生のがけっぷちに立った男を説得して自殺を思いとどまらせようというドラマに、回想シーンによる説明はサスペンスをそぐんです。そこへ事件とは別の、ホリスの悩みが加わるわけですから、これがうまく交じり合わないのでとても居心地の悪い作品でした。

しかしまあ、リヴ・タイラーも30代半ばなんですねぇ。時の経つのは早いです。

「人生の特等席」

メジャー・リーグはアトランタ・ブレーブズの老スカウトマン、ガス(クリント・イーストウッド)は、コンピューターを使わず、自分の目と耳に頼ってスカウトを続けています。しかし目が悪くなってきて周囲からは引退がささやかれています。一人娘のミッキー(エイミー・アダムス)は33歳で独身。弁護士事務所のパートナーを目指しているキャリア・ウーマンです。そのミッキーが昇進をかけた仕事の最中に、ガスが自動車事故を起こしてしまう。やむなくミッキーは休暇を取り、父とスカウトの旅につきあうという展開です。

昔ながらのアナログ人間が、IT全盛のプロ野球界でそれなりの力を見せるという、これは「マネー・ボール」に対するアンチテーゼのように見えて、実はイーストウッドら老人たちのはかない夢物語です。実に分かりやすく、アナログ人間とデジタル人間を対比させ、アナログだって捨てたもんじゃないという結論に引っ張っていきます。そんなはかない夢がお好きな方にはいい映画です。

映画「スプライス!」。

今回は、新種の生物ドレン(NERDを反対から読んだだけ)を演じたデルフィーヌ・シャネアックです。御年34歳ですが、かまいません。この映画公開時は31歳です。奇怪なモンスターとして見た後だけに、ポートレートなんかを検索すると人懐っこそうな笑顔がとてもいいです。サラ・ポーリーと同じ学年で2か月お姉さんなんです。サラ・ポーリーはずいぶん昔から知ってるけど、まだ34歳です。「バロン」の美少女も老けました。

エイドリアン・ブロディって、オスカー俳優なのにこういう作品に出ていいんでしょうか。こういう作品に出ておかないと仕事が来なくなるので、いちおうヴィンチェンゾ・ナタリという名前もあるしとOKしたのか疑問です。

しかしブロディのような陰のある風貌は、単純明快な娯楽映画には不向きだと思います。

基本的に、単純な娯楽ではないところを狙った部分が、すべて失敗していると僕は感じました。もっとモンスター映画に徹するか、逆にマッド・サイエンティストの悲哀に焦点を合わせるかしないです。

映画「砂漠でサーモン・フィッシング!」

ラッセ・ハルストレムが監督していなければ見なかったと思います。奇抜な内容ですが、違和感を感じることなく楽しみました。イギリスの水産学者ジョーンズ博士(ユアン・マクレガー)に、イエメンの富豪の財産管理をしている会社から、砂漠の国のイエメンに鮭を放流し、サーモン・フィッシングをできるようにしたいという依頼が来るというお話。財産管理会社の担当女性がエミリー・ブラントで、中東情勢を明るいニュースで飾りたいという内閣広報部の責任者(クリスティン・スコット・トーマス)が、イギリスの中東でのイメージアップに利用するという展開です。

エミリー・ブラントに対して、今なお「サンシャイン・クリーニング」のイメージが抜けていないので、やはりきちんと姉のエイミー・アダムスに謝ってからでないと受け入れられません。でも今回は、かなり同情の余地があるなと思います。

物語としてはお約束どおりだし、落しどころもイマイチです。僕がもっとも残念だったのは、ラストの惨劇シーンのしょぼさです。

映画「塔の上のラプンツェル!」を見たよ。

グリム童話の「髪長姫」でおなじみだそうですが、僕には初耳の物語でした。

ある王国で、王妃が病気になり、王妃の完治を願う人々が伝説の治癒力を持つ黄金の花を探します。実は魔女ゴーテルが花を独占して隠しており、ゴーテルだけが幾度となく若返っていたのですが、たまたま兵士が見つけ持ち帰ります。そして花の治癒力は、王妃の胎内にいた王女に受け継がれます。そこでゴーテルは王女をさらい、高い塔の上に隔離して18年育て、自らが母親だと信じさせていた、という展開です。

ほり出しから成長したラプンツェルの登場あたりまで、「眠れる森の美女」などおなじみディズニーおとぎ話の語り口ですが、18歳となったラプンツェルが唯一の友カメレオンと遊んでいるあたりから、ピクサー・アニメがもっていたコミカルな明るさに満ちてきます。ジョン・ラセターが製作ということが関与しているのかもです。

カメレオンや馬のマキシマスの表情が人間以上にいいです。

映画レ・ミゼラブル

まず、曲に乗れません。口ずさめる曲が全くなく、どの曲をとっても(って、2時間38分かけての1曲か?)面白くないです。

いくつかの掛け声のような言葉を除いて、すべてのセリフが歌になっているのですが、それが無理やり感丸出しです。

似たような手法の「シェルブールの雨傘」は、ガソリンスタンドで“ハイオクにしますかレギュラーですか?”という歌があり、それはご愛嬌でしたが、この「レ・ミゼラブル」の場合は愛嬌というものがないです。惨めなだけです。

もし音楽に乗せてのセリフを取っ払ったら、この映画は2時間以下ですんだはず。もちろん内容的には同じ程度につまらないでしょう。

それでも、この惨めさに我々の生活になんらかの衝撃を与える論理なり意味があればまだしもですが、作り手は19世紀前半のフランスを平板に描くだけで、民主主義の萌芽すら描き出さず、ひたすら個人的な罪と贖罪に終始します。僕はユーゴの原作は知らないけど、この時代を描いているからには世の中と個人という関係に着目していると思います。

映画「マジカル・ミステリー・ツアー」

僕はこの作品が“いい映画”だとか“時代を拓いた”などと思いません。しかしビートルズ・フリークだった僕にとって、とても大事な映画です。少なくとも17センチLP2枚組の「マジカル・ミステリー・ツアー」を買っていた人ならこの気持ちは分かるはず。30センチLPしか知らない人は残念でした。←でも“ペニー・レイン”をアルバムで聴けるからいいよね。←僕は「オールディーズ」で初めて聴いたんです。

BBCで初めて放送したときはモノクロだったそうです。だからジョージの“ブルー・ジェイ・ウェイ”の場面では、2分間グレイ一色だったとか。そういう意味で僕たちはカラーのフィルム上映でしたから恵まれています。当時は放送後BBCに、“意味不明”だとか“金の無駄遣い”というクレーム電話が押し寄せたそうな。満足している人は電話しないです。この映画のための新曲がポイントなのはもちろんですが、僕にとっては“オール・マイ・ラビング”のドラマチックな演奏が最高でした。

映画「街の灯」を見ました。

物語は、街のモニュメントとしての彫刻の除幕式から始まります。街のお歴々がしめやかに執り行って、白い幕を取り除いたとたん、そこに浮浪者(チャーリー・チャップリン)が寝ています。大騒ぎのなか、若干はわびる様子を見せるものの無頓着な浮浪者がその場を追われます。追われた浮浪者は交通渋滞の真ん中に入り込み、歩道に行くために渋滞中の車を通って歩道に着くんです。するとそこに盲目の花売り娘(ヴァージニア・チェリル)がいて、浮浪者を車から降り立った裕福な男と勘違いする、という展開です。

この映画の前半、僕の嫌いなチャップリンらしさが全開となっています。ハンナ・アーレントが“グロテスクに誇張されている”と述べた映画の中のチャップリン像が僕は大嫌い。しかし無声映画の時代はあれでよかったんでしょう。という程度の理解が今の僕にはあります。とはいえ、21世紀も10年以上過ぎた現在、この程度の笑いを“名作”という気にはなりません。